ボビー・フィッシャー(本名:ロバート・ジェームズ・フィッシャー)という稀代のチェスプレイヤーがいまして、2008年にレイキャビークでお亡くなりになったんですが、その方の半生を描いた映画『完全なるチェックメイト』を観ました。
まずまずの映画でした。
実話に基づく物語
ボビー・フィッシャーは実際に存在した人間ですが、なかなか数奇な人物だったらしく映画のなかでも狂人っぷりがいたるところで描かれます。自分は盗聴されているという強迫観念から電話を何回も分解してました。妄想に囚われて暴言とか吐くし。『テイク・シェルター』のマイケル・シャノンさんを思い出すような、「ああ、この人、精神を蝕まれておかしくなっちゃってる……」っていう怖さ。
その狂人をトビー・マグワイアが演じてるんですが、やっぱり上手いですね。トビー・マグワイアはいい役者だ。
登場シーンの三分の一くらいはずっとピリピリしてるんですが、怒りが爆発したときの手のつけられなさ聞き入れのなさといったらもうね。『マイ・ブラザー』なみの好演かと。
チェスの試合中に審判(進行?)の人がメモのボードを落としたときの嫌そうな顔がまたいい。そんなピリピリしなくても。
すごい神経質な性格で、カメラの音がうるさいお客さんの咳がうるさいと要望ばかり出す。あまりの雑音に、これは自分のの気を散らすようにロシア側が仕掛けた策略なんじゃないか、そうに違いないと本気で思いこんでる。
ボビーの母は共産党員で、FBIからスパイ容疑をかけられてた描写なんかはあるんだけど、このざわつくお客さんや先述の盗聴もどこまでが実際に行われていたのかは映画ではあえて明示されていない。半分はボビーの妄想かもしれないし、本当に徹底した監視下にあったうえでの策略だったのかもしれない。そこに不穏な怖さがあったりする。
チェスのルールがわからなくても問題なし
私自身、各駒の動きと大まかな勝利条件くらいしか知りませんが、頭に「?」を出すことなく見進めることができました。将棋でいうところの”美濃囲い”や”矢倉”というのがあるのは知ってるけどどういうものかは知らない、というレベルでもさして問題はないかと。
「いま戦法について話してるんだな」「すごい変則的な手を使っているようだ」「あ、詰んでる」というのは簡単にわかるようになっていました。
チェス映画ではあるけども、やはり中心は”冷戦という時代、ボビー・フィッシャーという人物あるいは世界王者ボリス・スパスキーとの対戦”そのものである。
裏のテーマとしてのチェス。チェスに魅入られる人と狂わされる人。チェスを極めようとするとまともではいられなくなると話すロンバーディ神父の言葉通り、世界王者のスパスキーも次第にまともな人間には見えなくなってくる。
「何か音が……音がする……」
天才とマッドは紙一重、とはよく言ったものです。
物語は面白いが画作りは退屈
すごい薄味な画面が続く。ラグジュアリー感が必要な映画では決してないけど、なんなんだろあれは。冷戦下のあの時代の貧相な感じなのか。
幼少のボビー役の子どもがトビー・マグワイアの面影があって、やっぱりこのあたりはしっかり配役を探してくるんだなーとご満悦。「──Again」がかわいい。
ただこのあとの、チェスしてる間に15歳くらいのボビーまで成長して時間が飛ぶ演出は不発でしたね。「ちょっと演出っぽいことしましたでー」な感じが余計に見え透いて、というか鼻について嫌だ。それ、そこまでうまくねえよ、と。
娼婦のあの娘も無駄使いもとい消化不良。
『完全なるチェックメイト』という邦題
原題の『Pawn Sacrifice』には、冷戦下だったアメリカ・ロシア間においてのチェスプレイヤー二人(言わずもがなボビー・フィッシャーとボリス・スパスキー)は互いに国民からは英雄と呼ばれながらも、各国の首脳リチャード・ニクソンとレオニード・ブレジネフにとってはあくまでも国ありきの駒のひとつ(しかもポーン)でしかなかったという意味が込められている。
それがどういうわけか「完全なるチェックメイト」なんて邦題になっていて、とてもじゃないがその思いを汲み取るのは不可能に近い。こういうのはほんとにやめて欲しい。どうして「完全なるチェックメイト」なんてつけたのよ?
チェス映画 『ボビー・フィッシャーを探して』を推してみたり
こちらはボビー・フィッシャーが出てこないチェス映画。
ジョシュ少年がチェスの才能に目覚め、チェスを通して人間的成長をしていくお話(ざっくり
チェスにハマるきっかけとなる”ストリートチェス”の相手がローレンス・フィッシュバーンなんですよ。『マトリックス』シリーズのモーフィアス役の人。
このときはまだ若くてスマートでした。この映画のローレンス・フィッシュバーンもすこぶるかっこいい。フリースタイルのような雨に濡れながらの超高速チェスにしびれる。
この公園とチェステーブルが『完全なる-』でもでてきてちょっと嬉しかった。
天才にも葛藤がある。また、天才と戦わなければならない人間にも同じような葛藤がある。”同じ時代に生まれたことを後悔するんだな”的あまりにも残酷な展開。
スポットライトが強ければ強いほど、周りの陰は濃くなる。栄光と影。そんな陰にもスポットをしっかり当てているのがこの映画のいいところだと思います。
ということで、チェス映画をお探しなら『ボビー・フィッシャーを探して』が断然おすすめです。
おしまい。
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