DJ松永のアルバム『サーカス・メロディ』のなかにR-指定と一緒にやった『トレンチコートマフィア』という楽曲があります。2018年にはCreepy Nuts『クリープ・ショー』にも収録されました。
なつ「そもそも”トレンチコートマフィア”ってどういう意味? という顔のヘッズがいますよ」
はい。まずですね、1999年に「コロンバイン高校銃乱射事件」という痛ましい事件が起こりました。カモンwiki.
コロンバイン高校銃乱射事件(コロンバインこうこうじゅうらんしゃじけん)は、アメリカ合衆国コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン(Columbine)のジェファーソン郡立コロンバイン高等学校(en:Columbine High School)で1999年4月20日に発生した事件。英語名は「コロンバイン高校の虐殺(en:Columbine High School massacre)」。
トレンチコート・マフィアと自称する同校の生徒、エリック・ハリス(Eric David Harris)とディラン・クレボルド(Dylan Bennet Klebold)が銃を乱射、12名の生徒および1名の教師を射殺し、両名は自殺した。重軽傷者は24名。アメリカの学校における銃乱射事件としては、犠牲者数において1966年に起きたテキサスタワー乱射事件に次いで大規模なものであった(当時、その後2007年に33人が死亡したバージニア工科大学銃乱射事件が起きた)。
Wikipediaより引用
──もう20年以上も前の話になるのか。時の流れは早い。いま現役の高校生は当時まだ生まれてなかったりで。
We are トレンチコートマフィア
で、上にあるように、銃を用いて反逆にうって出た少年二人の名乗りがまさにトレンチコート・マフィアだったのでした。
そこから、社会的ヒエラルキー下層の民やスクールカーストでいえばジョックスになじられる側、つまりは弱者──でもただの弱者ではなく、(ときに手段を選ばず)反逆を始める弱者のことをトレンチコート・マフィアになぞらえて歌っているのがCreepy Nutsの『トレンチコートマフィア』なわけです。ハブられた側もうじうじしてんと立ち上がろうぞ、みたいな意味が込められているはずです。
トレンチコートマフィアと桐島MAD
ところで、Creepy Nuts『トレンチコートマフィア』と『桐島、部活やめるってよ』を用いたMADがあるのを知っているだろうか。世界観がマッチしていて、なかなかの秀作である。
どうしていきなり桐島MADの話になったかというと、「桐島」と「トレンチコートマフィア」の親和性の高さを裏付ける一本の映画があるから、なんである。
その一本というのが、『グッド・ウィル・ハンティング』『永遠の僕たち』などでお馴染みのガス・ヴァン・サント監督が手がけた『エレファント』です。
映画『エレファント』
これはどういう映画かといえば、上で出てきたコロンバイン銃乱射事件を題材にした作品です。題材にしたというか、事件当日の様子をいろんな学生を主軸にした群像ものとして再現したものです。ドキュメントではないです。
『エレファント』では章ごとにメインとなる人物が切り替わり、時系列も前後したりします。
章ごとのメインの人物を後ろからずーとつけていく(フォローする)カメラワークも多く見られます。
- 視点保有者が頻繁に変わる
- 時系列が移動する
- フォローによる長回しも多い
このあたりが画面的な特徴的といえます。
テーマはスクールカースト
コロンバインの事件を扱っているので触れないわけにはいけません。
自然と、悪意なく形成されるスクールカースト及びヒエラルキーの惨さと、ナード(いわゆるヲタク層。カースト内では弱者となる)による着地点のない反抗・復讐・静かな暴走の末路が描かれるのがエレファント。
これ、『桐島、部活やめるってよ』に通ずる部分が多いですよね。テーマでみても、画面で見ても。
傑作『桐島、部活やめるってよ』
朝井リョウ原作の青春小説『桐島 部活やめるってよ』を映画化。2012年の日本アカデミー賞の中心作でしたね。
- 第36回日本アカデミー賞:最優秀作品賞、最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀編集賞(日下部元孝)、優秀脚本賞(喜安浩平・吉田大八)、新人俳優賞優秀賞(橋本愛・東出昌大)、話題賞(作品部門)
Wikipediaより引用
『桐島 部活やめるってよ』の画面って『エレファント』を意識して撮影されたものなんですよ。色合いとかカメラの動かし方とか。
フォローするカメラの比較
まずは『エレファント』
こっちが『桐島、部活やめるってよ』
幕間の表記
『エレファント』の黒背景に白文字。
「桐島 部活やめるってよ」でも同じような文字の出し方があります。
流れるクラシック楽曲
『エレファント』ではベートーヴェンの「月光」「エリーゼのために」が流れます。『桐島~』では、吹奏楽部が演奏するワーグナーのローエングリン。
小ネタなのかよくわからないあのキス
狙ってエレファントにかぶせてきたであろう”熱いキス”。意味合いは全然違うんだけど。あっこ観るの辛い。というか9割がた観てて辛い。ちくしょー松岡茉優、うますぎるぜ。
映画部員のみのシーンだけが安らぎです。ホモソーシャル万歳。
『桐島 部活やめるってよ』と『エレファント』
このように、『桐島、部活やめるってよ』が『エレファント』を意識して作られたのは間違いないのですが、しかし『桐島~』がコロンバイン高校銃乱射事件をモチーフにしているのかというとそこはちょっとどうだろうなとも思うわけです。下地の成分くらいは当然あったように思えますが。
トレンチコートマフィアとMADに話を戻そう
ここまでで、ひとつの事件とみっつの作品の関係性が理解できたかと思う。
コロンバイン高校銃乱射事件(トレンチコートマフィア)→エレファント→「桐島 部活やめるってよ」という潮流と、
コロンバイン高校銃乱射事件(トレンチコートマフィア)→Creepy Nuts版トレンチコートマフィアという潮流が、いともたやすくえげつなく合流する違和感のなさの背景にはこういった描かれなかった側の共通話があるのでした。
とはいえ、これは応援歌ではないか
先日、久々に観返したのですが、息苦しさやら痛さやら取り戻せないものを思い出して、やっぱりキツいですね。
あのとき私が囚われていた殺伐とした空気感っていうのは時代が変わろうが世代が移ろうが何年経とうが、現代の「学校」にも当然漂っているんだと、思います。嫌な事件は嫌な事件を想起させるものだし。卒業したから完全に解放されたってわけじゃないですし、引きずっている奴も多いはず。中学の話とか正直話したくねえ。思い出したくねえ。
だからこそ、むしろ掘り返してきた二人には讃辞を贈りたい。
これは応援歌なんだと最近思えてきた。だってこの曲に救われる人間も必ずいるはずだから。
こんな歪なかたちの救いしかないのはひとつの不幸なのかもしれないけど、鎮魂歌を向けられるよりはよほどマシだと言える。だってわたしたちはまだ死んでないのだから!
なつ「あつい。うすい、間違いない」
死傷者の数で比較するなら、バージニア工科大学銃乱射事件やサンディフック小学校銃乱射事件の方が上回っていて、だからといっていたたまれなさは比べようがないけれど……。
私の多感な時期と重なったこと、ナードがいじめの対象になっていたこと、銃乱射事件の主犯がそのナードであったこと。そんな要素が重なり、心に根強く残っています。
銃社会を別の角度から
字面だけじゃ全貌も内容もよくわからないというヘッズたち。マイケル・ムーア監督の『ボーリング・フォー・コロンバイン』の視聴を薦める。
わりとカジュアル/シニカルにことに切り込んでいってるので、アメリカの銃社会・文化背景の勉強と合わせて少し世界が広がるかもしれない。
かつてのトレンチコートマフィア
大人になったいま、過去のことはあまり興味がなくなった。復讐心も消えた。
昔は、そいつの二十歳の誕生日を命日にしてやろうと五人くらいのリストとともに私怨を飼いならしていたんだけど、環境が変われば全く会うこともなく、熱も冷めた。
結果、彼らは普通に生活していると思うのですが、行動に移さなくてほんとに良かったなと思ってる。ことを起こす勇気があったかも不明だけど。刑務所とか嫌だし。親に迷惑かかるし。学生のうちに気付いておけって話だ。
もう”トレンチコートマフィア”という、弱者あるいは(あくまでも比喩的な)反逆する弱者からは卒業しました。勝手に。
ゆえに、We ”were” トレンチコートマフィア(タイトル回収
というところでこの件おわりー。
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