「作画崩壊」の嫌悪感の正体に迫るまで

作画崩壊 ぷるんぷるん アニメ感想文
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その答えは消失点の向こうにあるそうです。
一緒に探しにいきませんか?

 

さて、『Fate /Apocrypha』第22話が放送/配信されて数時間後、「作画崩壊」が世間を飛び交っていました。Twitterっていう狭っい世間なんですけど。

気づけば一週間も経っちゃったんですけど。
話題としては古い部類になりそうなんですけど。

まあいいや。今流行りの日本語教育だ。

そもそも作画崩壊ってなんなんでしょう。彼ら彼女らは何を持って「作画崩壊」という言葉を用いて画面のなかの表現を評価したんでしょうか。

(※察しの通り、あまり「アポクリファ」の話はしません。『GUN道』『ロスト・ユニバース』『クオリディア・コード』『ダイナミックコード』『WUG 新章』も出てきません。『夜明け前より瑠璃色な』も出てきません。そういえば第22話にTさんがsnkしてましたね……)

まずかんたんに設問その1
『Fate / Apocrypha』第22話は「作画崩壊」を起こしたのか?

──。

仮に作画崩壊していたのなら、これは彼ら彼女ら(以下、めんどくさいので連中)の主張が正しいので、評価/感想としての「作画崩壊してる」も正しいですね。〈真〉って言うんでしたっけ?

作画崩壊してるから「作画崩壊してる」と言う。

このうえない大正解。QED. (って言うんでしたっけ?)

でも、私は(別に”崩壊”)していない派なので、前提は「作画崩壊していない」で話を進めますよ。

 

では、設問その2
作画崩壊していないのならなぜ連中は「作画崩壊している」との評価をしたのか。

──。

これには色々と理由があるような気がします。理由もとい詰るための材料が。

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語彙力がないなら増やせよ

よく聞くのは”最適な言葉を知らない”という談。

「控えめに言って『』としか言えない」とか「なんと言っていいかわからないけど、とりあえず『尊い』」とか、そういう言葉使い/言葉選び以前に材料としての言葉の数をそもそも持ち合わせていない感じがする。段階的なニュアンスを表現しないからオンオフの二極化したような、いきなりメーター振り切ったみたいな言葉が出て来る。
「語彙力がない」っていう免罪符的なフレーズだけ知ってて、別段 恥は感じてないような。

あくまで一部の人たちの発言が目についてるだけかもしれない点は留意。

かつて「チョベリグ・チョベリバ」が大げさながらも、グッドバッドの方向性くらいは残っていたのに比べると、時代を経て、いまやなんでも「ヤバイ」で片がつく。片を付ける。財布がピンチでもヤバイ。宿題が多くてもヤバイ。牛丼が美味しくてもヤバイ。美人が横切ってもヤバイ。優しさもヤバイ。嬉しさもヤバイ。面白みもかっこよさも全部ヤバイ。

人の言葉使いなんて十人十色の千差万別で、知識の差や価値観からしてスタートがまったく違うため、意味の込め具合も当然違うのはしょうがないんですけど。個人間の感受性なんてまとまるはずがない。

例えばの話。

「ゴウリキブスという主張があったとして。

これに対して「ゴウリキが可愛くないって意見も聞き入れたいけど、でも”ブス”ではないよね? 笑顔の撮り方だよね」という意見もあるはずで。互いに同意もできず、平行線は平行線としてその差を埋めることができなくても、主張は自由なりに保護されるものとしても、その前提として共通の認識だけは一致させておきたいな。なんて。誤解からの対立や不理解って少しもったいないじゃないですか。

相対的な「崩壊してる」なのか、絶対的な「崩壊してる」なのか、そこが案外(というか結構)大事な部分だとも思いますし。

だから(←全然つながってねえぞ)みんなで考えてみよう。

『崩壊』ってなんなんだよ。

言葉としての「崩壊」にちょっと待て

「崩壊」とか「満載」とか「尊い」とか「神」とか、大袈裟な言葉使いの何を嫌がって危惧してるかって言うと「極端ゆえに曖昧である」ってことです。やや飛躍的。

ヤバイとかはそのあたりの極地。

大したことないときでも一緒くたにして、「これもヤバイ、あれもヤバイ」って表現されても、端から見ると どのくらいどうなのか全然わからない。お兄さんついて行けない。

もうね、「腹筋崩壊」とかの常套句だけはいっちょ前につけるくせに、さして面白くないのには飽き飽きしてるんですよ。腹筋が崩壊したら気絶するからね。笑ってる場合……じゃないですよ! スラングやミームに怒ってもしょうがないんですが、思いついたのでつい……。

崩壊のニュアンスが違う?

人を叱るときこそ言葉を尽くせって先生に教えられましたけどね、崩壊という言葉の攻撃性を今一度考えるべきときが来たんじゃないでしょうか。そんなにポンポン崩壊崩壊というもんじゃないぞ、と。それを言ったら戦争だろうが案件一歩手前ですよ。

ちなみに、『SHIROBAKO』が「万 策 尽きたー!」というキラーフレーズを生み出したことによる余波──その後に視聴者が馬鹿の一つ覚えみたいに「万策」を乱用する現背景にはなんの責任も罪もないと私は思ってます。いわば包丁職人と強盗の関係にあると。リテラシーリテラシー。

それは置いといて。

「崩壊」

これって自動詞の流れをくむ用語なんですよ。「崩壊した」「崩壊する」とか、現象としての意味合いが前に来ている用語。

(「積み木が崩れる」が自動詞、「積み木を崩す」が他動詞。このニュアンスの違い、わかりますよね?)

現象を表現する”自動詞”に対して、”他動詞”というのは動作としての意味合いが前にくるわけで、そこには「目的と意思があるかないか」が大いに影響してくる。

「インクの垂れた原稿」という一文も、「誰かのインクが垂れたもの」なのか「誰かがインクを垂らしたもの」なのか──見た目にはインクが垂れた原稿でしかないんだけれども──文字にすると意味合いが大きく変わってくる。

なんか似た話を最近聞きましたよ……。

「意思と目的」とは

アニメーター各位が意思と目的を持って作画した結果、”崩れた作画”が目の前に出来上がったわけですが、さて、「崩した作画」だったのか崩れた作画だったのか……。

これってすごい大事な部分/問題だと思うんです。
やったことに対してのリアクションとしてどういう言葉をもらうか。
どういう言葉で評されるかってのは。

”あえて”取った行動が、全然届いていない。全然汲んでもらえてない。これは悲しい。

観客側からすれば「伝える技量が足りないから」の一蹴で片がつく話で、そりゃ一理あるにはある。そういう事例も多々ある。ただ今回は、それでも「”伝えきれてない”制作と”汲み取りきれてない”観客」の溝の深さ/広さにちょっとだけ悲観したりもした。分かった気になってるだけの私も偉そうにはできないですが。

崩した画というのは実際は崩れていない?

例えば、カーレースで追い抜きをかけて攻めのドリフトをしたとしましょう結果優勝できず二位になりました。

「あそこでスリップしちゃったのは、もったいなかったねww」

──どうです? 何もわかっていないやつはこう言うんですよ。

本来は、

「あそこのドリフトがもう少し上手く決まればね」

とかじゃないですか? 

意思を持って選択したドリフトという行為を「スリップ」と呼ばれるのは気持ちのいいものではない。
こんなことを言うと「ドリフト狙った結果スリップに見えたから『スリップ』って言ったんだよ」なんて反論がくるのが予想される。そうなると設問1に堂々巡りである。

ドリフトはドリフトで、スリップはスリップなんだと。

ストライクゾーンより一個外にハズシたものは、スイングされないとボールを宣告されるけど、投手はちゃんと狙い通りのスポットに投げているわけで、ノーコン野郎っていうのは違うんじゃないかと。

型というものがあって、型が見えてると型から出たものは「型から出たもの」として成立するんですよ。いっぽう型が見えないと、型から出ようが収まろうがバランスも何もないわけです。これが型破りとカタナシのお話。

そんなお茶濁しは置いといて。

ふと思ったのは、実は「作画崩壊」なる言葉には、愛のある言葉としての意味が込められてるんじゃないだろうか。

「崩壊」が連中のなかではすでに褒め言葉/賛辞として扱われているのなら、こんな話は全部ひっくり返りますね。

まあ、ないか。

観る眼を養おう(自戒として

そもそもそんな無茶をやったのか、エポック的な事件が起こったのかについては私もいまだに分からない。「なんかエフェクトがどろどろ凄かった」「キャラクターがぐわんぐわん動いてた」「レイアウトからしてキマってる」「カメラが難しいところにいた」その結果「枚数がすごく多そう」なんて感想も出ますが、枚数の量が正義では決して無いですし。総じてかっこいいanimationだったな、くらいしか結局言えなかったわけで。

ジャンヌの、ガイアもびっくり接地転回法から跳ね起き上がりダッシュ隠れかっこいい。特に跳ねてからの滞空かげんが美味。空中で120度くらい体勢をひねって着地即ダッシュにつながっている。まさしく戦士の動き。これ観たときは「げえっ、ジャンヌ」って唸ってしまいました。この間、ずっと「眼」は描かれていないですが、優先するもの魅せたいものによる省き配分って大事だと思います。眼が描かれていないから手抜きだ! って批判は特に見てませんが。

 

だから私の憤りの半分は、まずはちゃんと言葉を使おうねってことに集約されているのだと今更に思いました。

連中の眼に映った「崩壊」についても考えないと

一旦筆を置く。

言葉使いへの要望は大概書いたので、あとは、程度の問題抜きに「画が崩れていた」って認識がどこから生じていたのか、そのあたりを考える予定です。連勤を抜けたらですけど。

(※あくまで前提は「作画崩壊などなかった。いいね?」で進めます)

本気度が違えば尺度も違うような「崩壊」に、耳を傾けるのもナンセンス。でもやるんだよ。

コメント,ご意見など (中傷発言はNO)

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