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『ガンダムビルドダイバーズ』のOPで高ぶれないのはなぜかを考えている〈前半戦〉

『ガンダムビルドダイバーズ』OP アニメ

かな恵ナナミお姉さんとマギーさんが同一人物なんじゃないか(マギーさんはかな恵のアバターなんじゃないか)、という推測が立っている。

ナナミが現時点でもダイブしてこないこと、バーチャルにダイブ中のリクたちが描かれる一方で、同時間におけるナナミのリアルでの行動が描かれていないことなどが主な根拠である。なんとなく綾辻行人の『十角館の殺人』を思わせる見せ方である。

そんなことを考えてるとOPで二人は似たアクションをしてることに気づいた。

『ガンダムビルドダイバーズ』OPナナミ 『ガンダムビルドダイバーズ』OP
コマ数が違うのでズレてくる(『ガンダムビルドダイバーズ』OPより)

 

こうなってくるとイヤでも二人を結ぶ何かを意識してしまう。そういうミスリードの可能性も脇に置きつつ鑑賞している。

もうひとつ、影のついてるキャラクターとついていないキャラクターがいて、「のちのち裏切るんじゃ……」とか「もしかして死んじゃうんじゃ?」とか考えている。

『ガンダムビルドダイバーズ』OPタイガーウルフ 『ガンダムビルドダイバーズ』OPドージ
『ガンダムビルドダイバーズ』OPより

 

と、そんなことを思いついたのでメモ程度に記しておこう。

 

本題

今期放送中『ガンダムビルドダイバーズ』のOPに、なんだか違和感がある。もう第六話なのにまだこんなことを言ってます、すみません。しかし「だせえOPww」からの「何回か観てるうちになれてきた。今はスキ」なんて手のひら返しよりは少しだけマトモな気もする。

確かに違和感は薄らいだけれども、「慣れ」で片付けるわけにもいかず、実際、一回目の視聴だろうがすんなり受け入れてきたOPは過去に数え切れないほどあるわけで。じゃあ、このOPに漂うツギハギっぽさ/MAD感、素材と素材の半共存の正体はなんだろうと。

(※ OPとは楽曲を含めたアニメ作品のオープニング映像全体のことを指してます)

端的に言うと、「曲と画」にズレを感じる。

そんなところが感想の出発点としてある。合っていないと思う、くらいのニュアンスのほうがセーフティな表現だけど予防線張るのももう面倒なので断定形で書いていく。大張正己ライクスとSKY-HIライクスの面々からそしりを受けるかもと考えるだけで逃げたくなる。

SEが追加されてからが本当の完成版……と言われてもどうにも腑に落ちない。まずは、歌詞が聞き取れるくらいに観返して気づいたことがふたつほどあるのでそのあたりから書いていって、答えを探ろう。

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歌詞と画のシンクロ率

『ガンダムビルドダイバーズ』OP
『ガンダムビルドダイバーズ』OPより

1つ目は歌詞と画のシンクロ率(具体性)が非常に高いことである。

いくつか例をあげよう。左が歌詞、右が画面の内容。

  • 拓かれたステージ→ 扉ガチャー
  • push to play→ カードをシャー
  • はずんだ胸→ かな恵のバストから引き
  • 掴むのはこの手→ ハンドルを握る手
  • 頂点→ チャンピオン
  • 光景→ 左に振った視線
  • おれ→ リク
  • 「やめとけ」って誰かの声→ 謎の男「やめとけ」リップシンク
  • 隣りにいてくれるのは誰→ モモ
  • 絆が羽→ 羽がブワー
  • 背中は任せたOK→ 背中合わせのリクとユッキー
  • もう一回に賭けて→ 復活演出みたいなの
  • 立ち上がる→ 夕日を背に立ち上がる機体
  • 理由をきみに見つけた→ サラ
  • キョウダイ一緒に行こうぜ→ みんなでグワー

などなど、まだあるかもしれない。

この”硬さ”は、小節のケツを「a,i,a」の同韻踏み(ファイター、ダイバー、タイガー……etc)で16小節走り切るような、タイトなライミングからの着想なんじゃないかと思っている。

抽象と具体のバランス

OPやEDの映像には一家言ありまして、どちらかというと抽象的なものであってほしい、イメージ映像の段階に留まっていてほしい、なんて気持ちがある。『さんかれあ』のOPで「半分に割れた太陽が」でぱっくりイッたあれとか。ちょっとなあ……って。雨を歌ってるのに画面が晴れたりしてるのも嫌だけど。具体性のバランスはとても繊細だ。

囁かれる「曲の差し替え」について

歌詞と画のシンクロ成分が高いからどうって話は、違和感の理由とはあまり結びつかない。こんなことに気づきました私すごい、でしかない。

むしろ「なんで『ズレ』が生じたのだ」って謎は深まり逆に困っている。

とりあえずこれで、「楽曲を急に差し替えたから」説は否定できた気はする。映像製作と楽曲決定のタイミングは合っているはずである。しかし、根本的な話はそこじゃない。陰謀論が好きな人は多い。ラスボスはどこにもいないんだ。

並列的なカットの集合体

気づいたことの2つ目は、各カットのサイズがわりと均等で、カットの切り替わるタイミングと拍子の頭が密接な関係にあることである

前半部はキャラクター紹介パートなど、ほぼ等分のコマ数を分け与えられている。(コマ数とすると正確さに欠けるかもしれない。楽曲を基準にして”およそ8拍”と捉えてもらいたい)

と、その前に。

楽曲『Diver’s High』について

本OP曲『Diver’s High』はシンプルなリフを主軸にしたトラックで、「4、4、4、4’」のカウントで一括りとみることができる。このループが、「前へ進もうぜ」と歌う箇所まで繰り返される。

フックに入りリズムが一度抜かれ(原曲では間奏あけの落ちサビにあたるパート)、落ち着いたタメが作られる。手拍子による期待感とリズムの帰還により開放感を伴い大きく盛り上がるつくりは、アニメOPに多くみられる「導入のやや盛り上がり、中盤に沈んで、サビで盛り上がりのトップをつくる」論法を採用しているといってもいい。89秒に収めるべくKUFUした結果、このような展開になった。

あと、シンコペーションがない点にも触れておきたい。頭で入らず「喰う」やつです。あれがない。展開は全て小節の頭で揃えられている。

トラックとは

楽曲の後ろで鳴っている音、一般的に伴奏と呼ばれる部分をヒップホップ界隈では(バック)トラック」と呼ぶ。「トラック」はループ性の面が強く、ケツの部分が変化したりもするが、「数拍で一周」が基本だと考えていい。

(本題ではないので諸々雑な説明で済まします)

リフとは

バンド界隈でよく使われる「リフ」はリフレインの略であり、こちらも繰り返しを意味している。「世界的に有名なor傑作なリフは?」「『スモーク・オン・ザ・ウォーター』は6位くらい?」なんて話はバンド好きなら世代を超えて楽しめるが、おっさんが自慢っぽい語り口になってくることも多いので深入りは禁物だ。

(本題ではないので雑な説明で済まします)

 

念のための補足説明でした。

8拍ときどき4拍で切り替わるブロック

さて、歌い出しの「拓かれたステージ」から始まり、前半部、世界設定の説明やサブキャラクターの紹介パートなどのブロックは、楽曲側の拍数に合わせ、8拍、あるいは4拍(8カウント、4カウント)で分割されていることは先程書いたとおり。(最後のタイガーウルフだけは5拍分振り分けられていて、5拍目に合わせてグッと握る機体のがかっこいいので再度チェックしてみましょう)


こんな感じで縦が揃っている。

 

それぞれ(およそ)8拍で分断されたカットのブロックのなかに、歌詞のワードを放り込みながら、小さなストーリーを作り、閉じる。素人目に見るとこれはなかなか至難の業である。というか100%出来上がってるかと問われれば……私は気持ちよく頷けない。

というのも、ひとつひとつ独立したパート内の流れが窮屈に思える。情報過多とも少し違う、早回しで観ているような、10のなかに11を放り込んだみたいな窮屈さが生まれている。バリコンテに「窮屈」とか、よう言うたな自分。

前半部のまとめ

ここまで思い付きを発展させていったけれど、冒頭で言った「ズレ」は、映像と楽曲のふたつの歩調の違いが忙しくなっているからだと思う。なんというか、バタついている。バリコンテに「バタついてる」とかよういうたな自分。

それから、このトラックがループしてる部分って、OP論法でいう「作品世界のイントロダクション」パートにあたる部分だと認識してます。このパートを仮に「a」としましょう。

他作品と比較していないので正確な数字は出せませんが、その他多くのOPと比べると、aパートが長い気がする。音のループが、展開(転)の無さ≒平坦さ(体感的な長さ)に繋がっているんじゃないかな、と。

このへんが高ぶってこない理由です。

つづく

中盤~後半にかけてはまた別の違和感のポイントがありまして、ざっくり言えば「映像が頭のなかで鳴らす音、実際に耳に届く音」という一応のテーマがあります。

続きはこちら↓

【続き】ビルドダイバーズのOPで高ぶれないのはなぜか考える〈後半戦〉
映像が与える強拍の意識

参照リンク

アニメ『ガンダムビルドダイバーズ』公式サイト

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