「フード理論」というのをご存知でしょうか。
飼っている猫や乗っている車への接し方でその人柄が示せるように、食べ物や飲み物(以下フードで統一)の扱い方ひとつで、登場人物を善人や悪人にみせたり、好意の指向を表したりすることが可能になります。
これが(ざっくりですが)、フードを通しての演出論──福田里香センセイが提唱された「フード理論」です。
そんなフード理論を踏まえ、『劇場版 響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』に登場した食べ物とその作用をときほぐしていこう。まるでアルデンテ。
フード理論の用例
フード理論の用例として『天空の城ラピュタ』の目玉焼きトーストがよく挙がります。
パズーとシータが一緒に目玉焼きトーストを食べるじゃないですか、洞窟の深いところで。多くはない食料を二人で分け合って食べる。シェアする。
あれは相互信頼の証なんですよ。あの画が入ることで、二人の絆が本音レベルで繋がったことを視聴者は察することができる。楽しそうに食べていればなおさら。
ことわざで言えば「同じ釜の飯を食う」でしょうか。そういう関係性を構築できる。「いつの間にそんなに仲良くなったの?」って、この画を見りゃわかんだろ的な。
共にご飯を食べれば、そこに言葉はいらない。ノンバーバル。
開かれて発したものではないけど、内々に互いに理解するんですね。相手のことを。
ガワだけの繋がり
一方、そういった「絆の深まり」を主に外に向けて形成する文化もあったりしますね。ヤクザ界隈などで。よく知らないけど。
「盃を交わす」というやつですね。
ヤクザが本当に相手を信頼しているのか、本心ではどう思っているかは別の話として。
でも盃を交わすというのも、目的は目玉焼きトーストと同じ。
つまり「ファミリーの契り」なんですよね。同じものを食べたり飲んだりするのは。ヤクザが盃を交わすというのも効果としては、ファミリー(兄弟か)になるという儀式。まあ結婚式でも同様の儀式をしたりしたもんですが。
フードによる演出
こんな感じでフードを間に挟んで関係性や感情を演出していくのが「フード理論」です。
あまたの演出法と同じく、「こういう使い方をしているから、こういう意味合いがある」くらいのふんわりとした手触りでいきます。
『響け!ユーフォニアム』とフード
今回「誓いのフィナーレ」で登場したフードたち。
- ブランコでもらうジュース
- サンフェス練習時、水筒のお茶(?)
- 合宿コロッケ
- 祭りのみかん飴・りんご飴
- 朝食のトースト
- 偽サイゼのドリアとデザート
- 夏紀先輩が奢らされることになるアイス……など
まだあったと思いますが、このへんで……。
鑑賞時に特に注目していたのが「自分の持っているフードを与える」「フードをシェアする」といった行動。ここにキャラクターの抱える「相手への感情と距離感」が現れてくるからそれを読み解いていこうと、そういう無茶な企みです。
公園でのジュース
秀一から久美子へ手渡されるペットボトル。
馴れたようにジュースをシェアする二人の関係は「対等」であり、すでに近い距離感の形成がうかがえる。なんつっても恋仲である。
秀一とは同学年でもあり恋人同士でもある関係性なので、「施しのフード」(※後述)として見るのはちょっと難しいかも。もともと上下関係なんてものはないし。
ここは後々の奏との食事シーンの布石・比較として捉えたほうが良さそうです。
ということで、さらっと次の食事に。
遠い位置のカメラ
これは直接関係のある話ではないですが、久美子がジュースを飲むカットがだいぶ引いた位置のカメラで撮っていて、意図的な距離のとり方だったように思います。
ボトルの飲み口に唇が触れているのかいないのか、一見、確認のとれないこの距離は「間接キスしちゃったの久美子?」的な観客への焦らしともとれるし、冷やかしの距離・覗きの距離のようでもある(完全に余談です)。
祭りのみかん飴
麗奈に買ってきたみかん飴でしたが、一口かじったあとに久美子に無言で差し出します。
「与える」という動作ひとつとっても、まっさらな食べ物を先に与えるのと、一度口を付けた食べ物を与えるのは(あるいは受け取るのは)全くの別物というか別行為だと思っています。唾液とかやっぱりちょっと気になるし。
ジャイアントコーン食べてるときに「ちょっとちょうだい」とか言ってくる奴、マジかよお前って思うじゃないですか。そんな、個数とかないものを欲しがるなよ。低みの体現かよ。
久美子に向けたのはまだ反対側の綺麗なままの部分でしたが。無言、目線だけのやり取り、それが当たり前みたいに齧りに行く久美子をして、二人の関係性を察することがデキます。というか、デキてます。
久美子から麗奈
あと、久美子がフードを与えたのって”麗奈だけ”なんじゃないかとさっき思いまして。あすか先輩の家に持っていた栗まんじゅうは無視するとして。
基本的に、久美子という人間は、相手と一定の距離をとり続けてきた人間で、そんな性格を体現するように、フードをあげたりもらったりというのはしてこなかった。一年の時のサンフェス練習中に葉月からのお茶を断ったりしたことからも推して知るべしかなと。
そのあと「黄前さんらしいね」を経て、いつだったか葉月が評したように「久美子も変わって」いったわけです。懐かしいな。
それだけ久美子には高坂麗奈が「トクベツ」な存在なんじゃないかと思わせる、そんな一幕。
久石奏との食事シーン
奏と食を挟んだシーンはふたつ。
①ステップ練習の休憩と②黄前相談所in偽サイゼである。
休憩のお茶と質問
久美子に対して、水分補給のためのお茶(水?)を与える。
注目スべきは、久美子が求めたからではなく、奏の善意的な行い、という点。
この頃の奏といえば久美子に少しのシンパシーを感じながらも、他の部員同様に下に見ているところもあったりして、優位なポジションに立とうと意地悪な質問をして言質を取ろうとする。
そこで差し出されるフード(お茶)は、どちらかといえばヤクザ式の「仲良くしましょうよ」である。
「俺のついだ酒が飲めへんのか?」である。
つまり「(下の者への)施しのフード」のていで奏はお茶を差し与えていることになります。
「施し」の方向性について
一般的に、下から上にフードは流れないんですよ。上から下か、対等な水平移動かのどちらか。超絶にルーズな自分データだとそうなってます。まあ、ほとんど「おまそう」レベルの解釈ですので話半分で受け止めていただいて。
演奏メンバーに上も下も関係ない北宇治吹奏楽部とはいえ、やっぱり久美子が上で奏は下って構図も存在するわけです(上も下もないのはあくまでも部活のなかのこと)。
しかし奏はというと、面白いくらいにボーストが板についていて、久美子に施しを与えてくるんですよね。下のはずなのに。おそらく奏なりの「近づきたい」の体現なんでしょうが……。久美子に近づきたくて、もっと知りたくて、質問の答えとお茶のGive and Takeを持ちかける。
”優しい先輩”の久美子はとりあえず、その条件を”飲む”。飲んであげる。
それが奏のことを理解するには近道だと思ったんでしょう。
黄前相談所とティラミス
もうひとつの食事シーン、偽サイゼ。
奏が口に運んだドリアを熱がったのは、話を性急に進めようとしている内心の焦りから自身のペースを乱している表現でした(うんうんそれもまたフードリだね)。
トランペットソロのオーディションの話も終わり、店員さんが食器を片付け、奏の目前にデザートが運ばれる。さらっとした回想話でしたが、実際はドリアを完食するくらいの時間は経過していた、という地味だけど大切な時間経過の説明演出。丁寧だ。
そしてティラミス。またしても奏は久美子に与えようとします。
どこまでも下であることに無自覚というか認めようとしないというか……。上に立ちたがるガール。ほんと可愛いな、この娘。
上に立ちたい意識が意地っぽく賢ぶりたいのが奏らしいのですが、自分を重ねたりもする久美子への信頼もやはり確実にあって(さっきと逆のこと言ってるがどっちも正解だと思っている)、ここまでくると、もう愛と認めてしまってもいいかもしれない。そんな気にもなってきます。
自分が食べるものを自分が手を付けるよりも先に相手に与える、なんてそれはもう「愛」じゃないですか。サンジとゼフですよ。その「余裕」を見せつける感じがまた、ニクいんだ。
そう思えたら休憩のお茶のことも受け取り方が変わってきたりして。少なくとも歩み寄りではあったわけですし。
久美子はほんとにティラミスを食べたのだろうか
ただですね、ここのフード施しシーンに違和感がずーと残ってまして。
- 久美子の「ちょーだぁい」のトーンがやや低めの無機質性に近いものだったこと
- カメラが不安定な下からのアオリの画だったこと
- デザートを口にする描写がばっさり抜かれていること
などから、ほんとに久美子はティラミスを口にしたのかなって。
「(久美子、そのティラミス絶対に食べないでくれ)」なんて祈りながらここを観てたわけです。食ったら久美子が久美子じゃなくなる、くらいの熱い気持ちで。
結果……というのか、実際には、久美子が食べたであろう(あるいは”食べたかもしれない”)食事のカットはバッサリ切り抜かれていて、確かなものがなくなってしまった。
これ、数学的にいえば「不定」ですかね。
どうみたって食べた以外のルートは用意されていないが、その描写がない以上断定はできない。そんな感じ。
つまりこれを食べたら奏を受け入れることになる、奏の手中に収まる、奏での良いようにされる、という敗北宣言のような確固たる証みたいなものをギリギリのところで見せない。
(まだ)久美子は奏に対して完全に心を開いたわけではない、そんな意思表示がここにある。アガるところです。まったく心の底が見えないぜ……。
この冷淡さ、山田尚子らしさを感じますが、どうなんでしょうか。わかりません!
「誓いのフィナーレ」おいしゅうございました
「誓いのフィナーレ」の食事で美味しいところはこんな感じでしょうか。
お近づきのしるしとしてのフードが目についたなという感触でした。
一人で食べるよりも二人で食べる方がおいしいみたいな都市伝説がありますが、それはそれとして、さして仲良くなりたくもない相手や苦手な相手と食事してても面白くないって感情は、それなりにみなさんお持ちかと思うんですよ。
どうせなら仲良く、楽しく食事がしたい。
で、これを機にTVシリーズを観直してみると、一期の最初の方(第4話)ですでに低音三人組はコンビニの前でコロッケを食べてましたし、第6話ではサファイア川島が葉月に自分のアイスを食べさせたり、結束の証が窺える。
サファイア川島の「人との距離感」のなかでは、アイスを与えるくらいのことはいたって普通のように見える(『響け!ユーフォニアム』第6回より)
麗奈も一緒に帰るようになった二期・第1話でもコンビニ前で四人でアイスを食べてました。
夏紀がオーディションに落ち、久美子のやりにくさを気遣って話をしたのもファストフード店でした。そこでも二人の間にはフードがありました。
『響け!ユーフォニアム』第10回より
「一緒に食べる→仲間の誓い」の構図、健在。
仲良くアイスを食べよう
サンフェスでのみっちゃんと葉月の隔たりが氷解したところでは、いままでの態度を謝ったみっちゃんに対して、葉月は「アイス奢りね」と冗談を言います。
あれも、”あなたとアイスが食べられたら良いな”って葉月からの和解のシグナルではなかったのかな。
夏紀と奏のハッピーアイスクリームもそう。
奏がアイスを欲したことからわかるように、オーディション後の奏は夏紀先輩のことを認めていて、仲良くなりたいという気持ちも生じている。別にアイスが食べたくなければ反応しなければいいわけですし。
だからたぶんきっと、夏紀と奏もアイスをシェアするのでしょう。上も下もなく、仲睦まじく。
といったところで『劇場版 響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』とフードと人間関係のお話でした。傑作です(映画が)。
そんな感じで〈『響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』フード理論と和解のシグナル〉でした。
おしまい。
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