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『転生したらスライムだった件』OPと江畑諒真印

アニメの話

通常、OPやEDなどの短尺の映像であっても、関わる人間は大勢いる。そして、分業化が進むアニメ制作のなかでは、どのセクションを誰が手がけたのかというのは少々わかりにくい。あくまでも共同作業だけれど、誰かの功績が大きいのかくらいは知りたいのが私の本音だったり。

対して、少数精鋭で作成される映像ではその人達(今回でいえば江畑諒真のアニメーターとして)の味/特性を観察するには良い機会だと言える。あくまでも長尺の本編に比べると、ではあるが。編集やモーショングラフィック班の支えがあることは言わずもがな。

そして。本作『転生したらスライムだった件』のキャラクターデザイン・作画総監督を務める江畑諒真。

彼が参加するアニメ作品では、OPやEDにおいて彼の一人原画が炸裂することは珍しくなく、絵コンテ演出原画を担当した彼がつくる画面はまさに江畑劇場といえる。今回のOPでも、江畑氏の魅力がいかんなく発揮されていました。

仮に、前情報として作監キャラデザ・江畑氏の触れ込みがなくとも、一見すれば彼のお仕事だと判断できたと思う。一人原画かはともかく、参加していることへの気付きはわりかし明察だと思うし、そして、参加したなら一人原画までやってんじゃないか? という、これは過去の経歴を鑑みてなので少しアンフェアですが、ともかく、それくらいに氏の画面には特徴的な判断材料がある。それを人は江畑印と呼ぶ(呼ばない

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江畑諒真の芝居は

天体のメソッド』EDあたりから爆発的に増えたと思わしき氏の認知度ですが、あのあたりから興味を傾けていた人ならば、OPが始まって3カット目で「これ、江畑だ」となっていたことは想像に難くない。

『転生したらスライムだった件』OPより
3カット目、スレンダーな右の女性の揺らぎでピンとくる/『転生したらスライムだった件』OPより

始まって4秒で江畑

 

「あ、これ江畑OPだ。そういえば1カット目の……(ははーん)

『転生したらスライムだった件』OPより
『転生したらスライムだった件』OPより

『Dimension.W』EDより
密着マルチ/『Dimension.W』EDより

 

全国100万人の作画ファンはあの夜こんな感じだったのでしょう。

で、3カット目よりも江畑なのが、4カット目。振り戻すショートPANのカメラワーク。

『転生したらスライムだった件』OPより
4カット目/『転生したらスライムだった件』OPより

 

氏の画面で特徴的なのはやはりこれだと思いますね。

フレームとの付き合い方

しかし私が想像するに、江畑諒真はカメラワーク(カメラの動かし方)よりもフレームの収まりを念頭において作画をしているような気がする。「フレームとの付き合い方が面白い」とあえて妙な表現をするのはそういう意味を含めてたりしてます。どう映すかよりも、どう映ってるか、みたいな。

特徴のある(ショート)PAN揺り戻しですが、このカメラの動きってアニメだから許されるというか実写ではあまり効果的じゃないというか……。言葉に困る。

端的にいえば、(はみ出すんなら)最初からもっと引いて撮れよ!」

──って感情は拭えないと思うんですよ。

キャラクターが軌道を描いて横に動くんなら、動いた先の余白を始めから確保しておかないと。そういう意見です。

寄りが強いとキャラクターを追うために(余計に)カメラを動かさないといけなくなりますから。余計……つまり無駄な動きは贅沢の裏返しとも言いますしその差は紙一重なので、非常に判断が難しいのですが、アニメの場合そういった雑味は感じにくく、どういうわけかストレスなく成立している。

キャラクターが生きている

ただ、引いて撮ったほうが楽な 自然なカットを、どうしてやや寄りのバストショットで撮るのか、なぜフレームから”はみ出さす”のかと考えたときに、

これはキャラクターの自由さを表現したいのではないかと思った。

猫を写真に撮るとき、画面いっぱいに撮ろうとしてブレブレの猫ができあがったことが誰しもあると思う。私はないが。

キャラクターという存在は単なる記号でなくロボでなく、感情を含んだなにかである。

感情を持つキャラクターにはどこにでもいける権利があって、当然フレームの外にも行ける。何をしようが自由だ。台本で決められたことなんか守ってやらない……実におてんばだ。

そうやって生きるキャラクターを生み出したとき、カメラは少しだけ遅れつつも彼や彼女らをフレームに収めたくなるんだと思う。

続く。

参照リンク

アニメ『転生したらスライムだった件』公式サイト

株式会社エイトビット

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