『天気の子』とか『トラフィック』とか、Jカットについてあれやこれやと考える

プライベート・ライアンアニメ演出・分析

『天気の子』のシニカルな台詞とJカット

中盤に入っていくあたり、序破急でいえば、序の終わり/破の始まりくらいだったでしょうか。陽菜と帆高が「晴れ女活動」を始めて、その余波がそろそろ身の回りに起こってくるか? と示唆するように、宙に浮いた水の塊が少年たちの上にバシャーっと落ちてくるシーン。

この一つ前のシーンが、高層マンションの一室で小さい子供とその母親のやりとりだったの、覚えてますか? 瀧くん、覚えて……ない?

一回しか観ていないので、しっかりとセリフまで覚えてはいないんですが、大枠のやりとりは頭に残ってます。文字に起こすと、たしかこんな感じでした。

マンションの一室

子供「ママー、お空になんかいるー」
母親「(台所で洗い物をしながら)あらそう、すごいわねー」

(少年の声)「テキトーなこと言ってんじゃね~よ」

カットが切り替わる(シーンも切り替わる)

少年「本当だってぇ」(このへんは曖昧)

以下、びしょ濡れになるシーンに続く

なんとなく思い出せたでしょうか?

室内を映しているカットに、次に来る”街のカット”の音声が滑り込んで入ってくる。ちゃんとJカットの要件を満たしていますね。

記憶にない人は本編でチェックしてください。私もチェックします。

監督の本音がこぼれた瞬間と捉えた

「本音」というのも、少し違う気がする。ふさわしい言葉が見つからない。この一瞬だけ、制作スタッフの一人から、一人の人間に決定的に姿を変えたような。そんな空気を感じたんです。まあいいや。

『卒業』の例と同じく、「テキトーなこと言ってんじゃねーよ」の本筋は、少年たちのじゃれたような会話のなかで発せられたものです。昨日UFO見たんだよ→テキトーなこと言ってんじゃねーよ、的な用法の「テキトーなこと言ってんじゃねーよ」です。

本編では、この「テキトーなこと言ってんじゃねーよ」という台詞は、母親がフレーム・インしているカット内で流れ、まるで、親子の会話を聞いていた誰かが「母親へ向けて吐いたセリフ」のような感覚すら覚えます。一瞬、幼児が喋ったのかと勘ぐったくらいです。「痛いのよヒゲが」で有名なギャツビーのCMを思い出しました。

あれはなんだったのか。

あの場面、あの台詞、あのやりとりを観ていた観客たちに少なからず湧くであろう心のツッコミを、したり顔で先読みしてキャラクターに代弁させたニクいギミックでもあるだろうし、ネグレクト(と認定するには大げさですが)の一種に含まれるかもしれない「希薄な愛情表現」に対しての、新海誠風味の”毒”の表明だったような気もします。

物語に根ざしていた「いつだって大人は子供の言うことに耳を傾けちゃくれない」といった、彼と彼女の世界観の下敷きと補強に通じていくシーンを描いていたのですが、シリアスだけで終わらせない、シニカルさも相まった、印象強く好きなカットでした。

映画『トラフィック』/シーンの変わらないJカットの発見

一般的に、Jカットは別のシーンに移る際のつなぎ目のカットをシームレスに繋げるために用いられます。数が多いのは圧倒的にこっち。

そんななか、シーンは同じ(舞台は同じ)だけどJカットを使ったパターンも存在します。

Jカットはカットの繋ぎを美しくコーディングする演出なので、カットが切れているのが前提です。繋ぐためには切れていないといけない。

同じシーンで、それぞれカットが切れている。そしてそれを繋ぐ。

「それはすなわちジャンプカットではないか」と、察しのいい読者は気づいたでしょう。しかし、ジャンプカットは絵が飛び飛びにはなりますが、音声が前のカットにずれ込むといったことはありません。

映像に逃げる癖が最近ついてますが、実物を見てもらいましょう。ソダーバーグ『トラフィック』のワンシーン。動画開始1秒の箇所ですから見逃さないように。

『トラフィック』ジャンプカットとJcut

はい。紛れもなくJカットでございました。

『トラフィック』はジャンプカットも多いのですが、マイケル・ダグラスのこのシーンでは、「その場でJカット(ジャンプカット+Jカット)をやってのけています。※私が勝手に命名。一回だけの跳躍をジャンプカットと呼んでいいのかは議論の余地あり。

かっこいいですね。

似たニュアンスの画面としては、「ボイスオーバー+ジャンプカット」あたりと混同する人がいそうですが、Jカットの基本「後ろにあったはずの音声を前に持ってきている」という点に目を向けると明確に違うと判断できるはずです。

以上、Jカットについての発見でした。

おしまい。

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