【アニメ】『南鎌倉高校女子自転車部』二話・三話を観ていてちょっと嫌なところ

【この記事のこと あなたの周りにも拡めてくれたら それはとってもうれしいなって】

南鎌倉高校女子自転車部3話

だっしゃあおらー系じゃない高森奈津美、いいですよね。
”この人が出るんなら作品もチェックしようか打線”のレギュラーです。

アニメ『南鎌倉高校女子自転車部』は背景40、自転車20、高森お嬢様25、藤原夏海15くらいの気持ちで観てます。

[昔話]

21歳のころですかね、三日三晩ママチャリで走り続けて広島まで行ったんですよ。
着いたその日、初めてのMazda zoomzoomスタジアム広島に行きまして、広島東洋カープ・永川投手のセーブ数球団記録更新の瞬間をこの目で見ることが出来ました。
しんどかったけど、楽しかったです。

「写真撮ってもらえますか?」の一言がいえない性格なので、旅行中に撮った写真は風景ばかりなのはナイショだよ。

結論:それでも自転車は楽しい。

けっこう楽しんで観ている『南鎌倉高校女子自転車部』

月刊コミックブレイドにて2011年から連載中の松本規之『南鎌倉高校女子自転車部』がようやくアニメになりまして、「自転車を動かすのはパースが狂っているとすぐに違和感が出るからすげー難しいんだよなあ」なんてことを思いながらヒヤヒヤ観ています。

自転車もののアニメ化というのは、それはそれは大変な労力が要求されるのです。

ろんぐらいだあす』では自転車がCGでキャラクターは手書きなもんだから、ハンドルと手が大変なことになってました。プレイステーション2が出る前までの──初代の頃のソフトがあんな感じでしたね。テクモの『影牢』とかね。

脱線ついでに『ろんぐらいだあす』の話をもうひとつ。

先輩方があみにまともな指導をしてくれてないままに実戦投入ばかりだったのが腑に落ちないんですよ。なのに、あみは妄信的な信頼をよせ続ける。いたいけな性格のあみを連れ回しては必要以上に苦しめる友人たち。また多額の買い物を「いいからいいから」と買わせる様は、いま物議を醸している「おごりだからいじめじゃない」問題や高価なツボの押し売りするあの団体を自然と想起させ、アクタスで作画崩壊がどうのこうの、『レガリア』のしわ寄せがどうのこうのよりも、”自転車が好きな人達の物語”として見てられない部分が大いにありました。

まあ、意地悪な見方をすればってことですが。

南鎌倉高校女子自転車部のほうに話を戻しましょう。

登場キャラクターたちの視野の狭さ

本題です。

あとで脱線する『ばくおん!!』と本記事のメイン『南鎌倉高校女子自転車部』ですが、シリーズ構成はともに砂山蔵澄。『南鎌倉-』のこれまで三話の脚本も砂山氏。

なつ「脱線予告とか新しいな」

──では。

二話で鎌倉観光するときに、ひろみと ともちゃんこと秋月巴がレンタルサイクル屋さんに行くじゃないですか。

南鎌倉高校女子自転車部2話

で、クロスバイクの説明をうけていると四季先生が後ろから来てベラベラベラベラと……。
ついには店員さんがフレームから不自然に排除されて、次のカットでは無言で店内に戻っていく。そしてもう映らない。物語の進行上不都合なので退場願いますっていう。

南鎌倉高校女子自転車部2話 南鎌倉高校女子自転車部2話
南鎌倉高校女子自転車部2話

(このシーンに似た不自然さっていうのはけっこうな作品で見かけたりして個人的に嫌悪感や不快感をいだきやすい。『双星の陰陽師』や『響け!ユーフォニアム2』など)

生きているキャラクターと生きていないキャラクター

キャラクターを生かすも殺すも脚本次第とはいいますが、この殺すっていうのは文字通りに「命を奪う」のではなくて、魅力を消すという意味です。キャラクターに不要なヘイトは集めるべきではないし、それは作品の評価にも関わってくるポイントだから手を抜けるところじゃない。ないはずなのに……てんてんてん。といった感じ。

だからここで私が感じた不自然さに対する不快感は、二種類ある。

店員が喋っているのに割り込んできて自分の話を長々と展開した四季というオトナ教員の身勝手さ・人としての出来の悪さ(つまり上で言った視野の狭さ)と、割り込まれたことに対して店員を含む場の空気などを気にしないともちゃん&ひろみ。

彼女たちのなかの”自分の選んだもの、関心のあるもののみでこの世界は構成されている”という意識。浅はかな勘違い。これがひとつ(あと、こういう外部・他者をばっさり排除した作品に対して条件反射的に”セカイ系”と評するのはセカイ系の解釈を定義ユレのレベルを超えて間違っているからやめてほしい)

といっても、構造論においてキャラクターはやっぱり物語という盤の上の”コマ”なので、それを動かす絶対的存在である作家Xがいるわけですよ。脚本がそれにあたると思うんですが、無言でその場を去り、怒りすら表に出せないキャラクター──もうここまできたらモブキャラクターを通り越して舞台装置と大差ない。 あれですよ、NPCってやつですよ。

作家が俯瞰の視点をしっかり脚本つくりに発揮できていないがゆえにNPCなるものを作り出し、本来愛されるべきキャラクターが、視野が狭い人間に映る問題。これがふたつめ。

三話での例を見てみましょう。

保健室で比嘉さんの水潜り談義のシーンにそれに近いものが見られました。
治療という役目が終わると保険医の先生が(一旦ではあるが)話題サークルの外に弾かれる。(私にとってはこの時間経過はもう弾かれたとみなしてます)先生も部屋を出ていくんじゃないかと一瞬恐怖したくらいです。

南鎌倉高校女子自転車部3話 南鎌倉高校女子自転車部3話

各キャラクターの”外部が見えてない具合”にどうにも気味悪さと苛立ちを感じてしまう。
それと意図的なフレームからの排除ですね。となると、この病理は脚本だけではなくてコンテにも関係している問題なのかも、と思い始めてきた。

二話の絵コンテは本作の監督でもある工藤進 、三話は羽多野浩平。

ある一面の特殊性をなぞっての人格攻撃

人格攻撃。

「これだからサカ豚は」「これだからやき豚は」「いかにもネトウヨらしい」「だって鉄オタだし」「ま~んw」などなど……。

ある括りにこじつけて人格攻撃をしてくる人間はあとをたたない。その対象は自転車乗りも例外ではない。いや、むしろ多いと思われる。

だからこそ、

「自転車乗りなんてのは公道の上と一緒で、常に自分本位で相手のことなんか見えてない人間なんだな」

なんてことを言われないようなキャラクターの見せ方と魅せ方が必要だと思うんですよ私は。

そんな不安も杞憂であればいいけど。

上田麗奈という役者について

上田麗奈という声優について(以前から)少し触れたかったのでこの機会に。

今作のメインキャラクター舞春ひろみのCV上田麗奈って不思議な声優ですよね。
上手いのか上手くないのか、よくわからない。
そもそもキャラに合ってるかどうかってだけの単純な話なのかもしれない。

卓球娘の腹話術っ子はあんまりいいと思わなかったけど、百合崎ミラやハナヤマタの子は良かった。驚き演技がいちいち喘ぎ声っぽくて妙に色気があったりして面白かったんだ。

かと思えば35小隊の鳳桜花みたいな低めの声でドスきかせたりすごんだりは全然迫力なくて肩透かしくらうし。一番ハマってたのはハッカドール4号ちゃんなのでは?

これは仮説というか推論なんですけど、上田麗奈って画が合いにくい声なんじゃないかと思うんですよ。演技自体は悪くないはずなのに画とのミスマッチにより違和感を覚える、的なことが起こってるんじゃないかと。抽象的で申し訳ないが。

「画に合わせるのが声優の仕事だろ」かと言われればそうかもしれない。しかし、プレスコみたいな制作方法もいまなお現場ではあるわけで、どっちが大正義なんて言えません。

上田麗奈の良かった演技として、私は『ばくおん!!』の最終話「もしものせかい!!」を推す。TSUTAYAにでもおもむいて是非観てほしい。

最終話「もしものせかい!!」

朝起きると、主人公の佐倉羽音以外がモーターバイクの存在を忘れている(自転車や自動車はある)世界になっていて羽音は困惑する。という話。

みんな自転車でどっかいって羽音が置いていかれるなか、「サイドスタンドよし、カチッ、クラッチ切って、ギアを一速に、カチッ、後方確認よし──」なんて呟くんですが、ここがねえ、良いんですよ。いつも「ぶおんぶおん!どががーn!!」とか言ってる言動からどうみてもガイキチってるキャラクターなんですが、ここは本当にいい。
時間をかけたザ・最終回のカタルシスがある。

ばくおん!!12話 ばくおん!!12話

ここでの呟きのシーンはキャラクターの後ろから撮っていて顔が見えない。だから映像などは抜きにした声の表情だけで攻めるシーンなのですよ。気になる顔が見えないだけに視聴者は視聴者なりに想像するしかなく、そこには必ずそれぞれの理想像としての表情が脳により補われるわけですが、そのあたりの論理・概念は清岡卓行『ミロのヴィーナス』(『手の変幻』)を参照していただけると非情にわかりやすいかと。市立図書館なんかにあるはずです。

と、いうことで概ね上田麗奈の演技を私は好んでいるし、舞春ひろみのCVとして遜色ないと思っている。ひろみもなかなかにキチっているので、そういう路線のキャラクターを乱獲していってもいいと思う。

3話での「?」

保健室を出た後に廊下で四人が次の行き先を決める相談をしてましたが、ここの声のエフェクトが少し気になったので一応書いておく。全部推論です。

南鎌倉高校女子自転車部3話

ここのカットだけリバーブ(声の反響)が強かったのです。

廊下に出たので声が響くのは原理としてわかりますが、キャラクターとカメラの距離からして響かせる必要はないような気もするんです。背景としての”廊下”が本当はもっと狭い空間だった、あるいはひろみ達はもっと奥で話していることを想定していた、かのどっちかだったら響く理由も出てきそうなんですが……。
「あ、響かせてる」と気づかせるわりには響いている理由が鮮明ではなくて首をかしげています。リバーブをかけすぎた、なら一発で解決しますが、真相はわかりません。

【1/29追記】
盲目の方々が視聴する際には、映像としての情報がなく「保健室を後にした」という情報しかないために、音を響かせて「ひろみ達はいま(外ではなく)廊下にいる」ことを示唆させたのではないか、という考えに至りました。
【追記終わり】

とはいえ期待できる作品です

私の個人的な思いはともかく、せっかくのアニメ化で、しかも三話では予想外にも神倉おばあさまからの真摯かつ熱の入った自転車マインドが聞けたりして、間違いなくいい自転車アニメなのである。いい風が吹いていると思う。

南鎌倉高校女子自転車部3話

「速さ(早さ)が正義という時代の到来ね」
ただの懐古とは思えない、含蓄のあるお言葉。

一城みゆ希さんの「ランドナー(らんどなあ)」の発音が少し古い時代の人の言い方でね、
最高でした。

これから物語がどうなっていくのか、OPから察するにレースに出るっぽいですが、この作品は背景も観ていてすこぶる楽しいので”カマクラ自転車紀行”っぽくなっていくならそれはそれで私は大満足です。

by カエレバ

「友情・努力・自転車」といえば避けては通れない名作映画『ヤング・ゼネレーション』を強くオススメします。

外部があるから自己を見つめ、大きな葛藤と成長が生まれるんだと私は思います。
ね、シンジ君?


アニメ『南鎌倉高校女子自転車部』公式サイト
http://minakama-anime.jp/