【整理】西尾維新の活字作品と私のいま【三選】

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クビシメロマンチスト

『西尾維新大辞典展』面白かった。急げ!

いつか書こうと思っていた、私が読了した数冊の西尾維新作品の話。
the 無駄話。だけどもここで一旦整理しておきたいんだ。

いまのところのベスト4は『クビシメロマンチスト』『悲鳴伝』『少女不十分』『化物語(上・下)』なんですが、できればこの先に順位変動が起こって欲しい。そんな話。

このブログでは【オールタイム推薦図書】というコーナーを儲けてまして、一著者一著作なんて特にルールを決めたわけでもなくざっくりした気持ちで何冊か面白い著作物を置いています。ずっと所持しておきたいラインナップ、とでも言いましょうか。それくらいのお気に入りっぷりであり、私の人格形成に深く関わったような読み物を小説/文芸の垣根なく並べています。ほんとはもう少し増やしたい。

そのなかに西尾維新『クビシメロマンチスト』が入選しているわけです。
みんな大好きクビシメロマンチスト。

これを読んだのはラノベワナビー時代で、ひどく遅めな多感時期だったゆえなのか、西尾維新にドハマリしてしまったのです。

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』でナランチャが、父親に捨てられたトリッシュを見て「トリッシュはオレなんだー!」って泣くじゃないですか。あれとほぼおんなじ感覚がありました、いーちゃんを見て。「あ、これオレだ」って。こういう読者が世界にゴマンといたんでしょうけど。京極堂に対する尊敬や憧れとは別のベクトルで、親しみを持ってしまった。

時期的には『化物語』がSHAFT制作でアニメ化される前で、読んだ順も『戯言シリーズ』→『化物語』だったり。
そこはちょっとした優越感があったりして。ね? こういう小さいポーズがいーちゃんに通じてたりして、まんまとやられていくわけです。

閑話休題。

化物語シリーズが広く世に出て(アニメ化されて、のほうが正しいか)、DVD/BDが10000枚オーバーの大ヒットになって(この年は他に『IS インフィニット・ストラトス』が1万オーバーだった記憶(※))、西尾維新も誰もが目にする有名人になったような流れだった。入間人間が『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』を出したのもこの時期で、電撃対象の応募にもフォロワーとコピーもどきが溢れたとかなんとか。

【追記】

※調べなおすと『IS インフィニット・ストラトス』(第一期)は2011年放送でした。まどマギと同年でそれと勘違いしていたのかも。やっちまったZE。慎んで訂正します。
【追記終わり】

クビシメロマンチストを越えてゆけ

クビシメロマンチストの紹介文として「西尾維新はこの作品をあと何回越えられるだろうか」と書いた。恥ずかしげもなく。実は恥ずかしい。

『戯言シリーズ』の二作目にあたる本作は、ほんとうに良くできたいい作品だと思う。

同シリーズの一作目『クビキリサイクル』でメフィストを受賞し、その後の作家人生をスタートさせた西尾維新であるが、戯言シリーズは全九刊(全6作9刊)で完結。受賞作の『クビキリサイクル』、大団円となった最終刊『ネコソギラジカル(下)』含め、単作としての評価は二馬身開いて『クビシメロマンチスト』なのはいまだ(私のなかでは)変わらず。九刊分の長い旅路の終着点としてのカタルシスも大いに高ぶったけれど、やはりやはり二作目のニューエイジ感ジュブナイル感ユース感は「最高」の一言。

マイ・ヒーロー、いーちゃん。に幸あれ。なんつって。

西尾維新の世界への入り口としてはアニメ『化物語』が最適だとか、『めだかボックス』や『変ゼミ』のメディアミックス作品からとか諸説あるのか知らないが、やはり最大の魅力と威力を発揮するのは活字で読む西尾維新なんだと思う。なので活字作品に限っての話ですすめることにしよう。

……と見栄と白を切った手前で申し訳ないが、実はそこまでの冊数読んでいるわけでもない。恥ずかしい。というか申し訳ない。

多くの読者さま同様、『化物語』のシリーズを楽しく読み進めていたはずで、刊行されれば1000円超えの新書だって迷わず購入していたはずなのに、急に西尾維新の作品に冷めたラインがあって。まあ、『偽物語(下)』なんですけど。

ページをめくる度にすごい薄めた水を飲まされている感覚があって、八九寺真宵のダンスがどうたらとか、「これ、きっついなあ」と。メタいネタは上手く処理していれば嫌いじゃないんですが、「メタ+他所とのリンク」に段々ついていけなくなってしまった。今になって分析すると、あれは”身内ノリへの嫌悪感”に近かったのかもしれない。分析ってほどでもないが。

そこから距離が空いて、『猫物語』とか買ったけど読んでなくて、知らない間にアニメの方では撫子が神になっててみんなの髪が変わってて、しかも扇ちゃんとか出てきてて「この子、誰?」状態で一応は追っかけて観ている的な視聴態勢です。
お盆放送の『終物語』楽しみですね。白々しい。

だから、その、『クビシメロマンチスト』ですよ。閑話(ry

早期のこの作品が自分のなかの参照点になっているので、その後の作品に関しては「まあ、面白いは面白いのだが……」とややもったいない読み方になってしまっている。

葵井巫女子が強すぎたのも理由の一つだと思うな。あとは零崎人識の登場。

いーちゃんに完全100%自分を重ねていた、現世がつまらない読者たちは「こんな異端な自分にも、自分に良く似た理解者に出会えるのだ。まだ知り合えぬ友がこの世界のどこかにはいるのだ」って希望を無駄に抱いたんですよね。甘えるな。

言ってしまえば『クビシメロマンチスト』を超える、というのは「葵井巫女子を超える」と同義とまではいかなくとも似たようなものだったりする……のかとも思う。クビシメロマンチストを越えたときには葵井巫女子を超えたレディが誕生しているだろうし。

仮定命題をひね繰り返して私は何がしたいのか。よくわからんくなってきた。
とにかく近ごろの私は西尾維新作品の読書体験に戻ってきましたよって報告よ。

読書感想文の題材に『SAO』などが上位にランクインしている中学生事情はよく知らないが、SAOがオーケーならクビシメロマンチストもオーケーだろ。みんな見れ! もとい読め!

西尾維新 戯言シリーズ

久々に読んだのが「世界シリーズ」

去年、『きみとぼくの壊れた世界』を奈良のブックオフで見つけて。

序盤の気持ち悪い会話 頭悪そうな会話(ラノベ会話と乱暴にカテゴライズしたくなる系の──アレだ)にくらっとしつつも「西尾維新はこういうのだったなあ」なんて思いながら、せっかくなんでと読み進めていくと無事にチューニングが合ってきて面白くなってきました。

後半に明かされる病院坂の胸糞な保健室事情とか、西尾維新最高だなってなりました。

すげーダウナーな気分になって一旦本を閉じて深呼吸したりしてね。「一休み一休み……」って本のなかはそんな悠長なこと言ってる場合じゃなかったんですけど。

で、結局『世界シリーズ』ノベルズ版の残りみっつを新刊で注文して、すらすらと読んでいきました。この時点で私の西尾維新は2008年までバージョンアップできました。2016年にして。

世界シリーズで一番おもしろかったのは『きみとぼくが壊した世界(同シリーズの三作目。壊れた/と壊した/があるのでややこしい)ですかね。読み応えがあった、というか。最後まで興味が持続していく感じ。たぶん好き嫌いが分かれやすい趣向だと思う。「一作目のほうが面白いだろ」と言われると、そうですわねと素直に返せるくらい僅差。

一作目と四作目はトリックパートの大筋が予想通りだったりして、予想が立ってしまって、結末を確認半分で読み進めたようなものだったりして。
しかし久しぶりに西尾維新に触れたせいもあったのか、世界シリーズは全部おおむね面白かった印象。気に入った順番を整理するなら「3・1・2・4」ですかね。もちろん時系列は1234とストレートなので素直に1から読むのがいいを思われ。

西尾維新は最後の1-2ページの畳み方がいい。あそこに何かが集約されているよう。

”物語の向こう側”めいたものをふっとこちらに覗かせて、文字が尽きる。
そのあとの空白に余韻が漂うのは間違いなく名作の条件といえよう。

新天地『伝説シリーズ』

世界シリーズ』を読んで、「西尾維新やっぱりいいなあ!」と思ったもの束の間。
表紙がすこぶるかっこいい著書を見つける。その名も巨編『悲鳴伝』!

分厚いなあ……。
有限と微小のパン』『魍魎の匣』くらいあるんじゃないかこれ。
さすがに『鉄鼠の檻』サイズじゃないにしろ。

2012年に一作目『悲鳴伝』刊行。

12年ver.まで更新。

「先生、なんだか文章上手くなってませんか?」 謎の上から目線。

それは置いといて、長編な点もそうですが、なにが新天地かというと、これまでの(私が読んできた)西尾維新って語り部がみんな一人称視点だったんですよ。阿良々木くん、いーちゃん、櫃内様刻、病院坂黒猫、エトセトラ。
りすか、刀シリーズは未読だから分からない。

それが伝説シリーズでは中間神視点になっていて
俯瞰した視点から物語が語られ進行していく。

しかも「このときは察知のしようがなかったが」「この行動がさらなる不幸を呼び寄せる結果になるのだが」のように、先の展開の暗示/前フリをがんがん放り込んでくる。すごい新鮮。一人称だとバランスが崩れてしまうところなので、神視点ならではの書き方と言えよう。

相変わらずのキャラの使い捨ても健在で、
毎度毎度のことながらもはや尊敬の念すら湧いてくる。

ほんとにポンポン主要(に思われた)なキャラクターが死亡し退場していく。
死んでしまうまでの過程の切れ味がすこぶる良くって、

たとえば、「主人公の仲間Aが敵Bと戦うみたいな展開で結果Aが死んでしまう」ならまあよくありますよ。シーザーとかイギーとか、ナメック星でのクリリンとか、スクワラとか。スクワラはちょっとな……。

しかし、横でうどんを食べていたら急に死に絶えるとか……なかなかない。アブドゥル級ですよ。フラグはどこだよって思考停止してしまったよ。でも西尾維新の世界は、そういうのが諸行無常まかりとおる世界である。そこがいい。それでいい。

現在八刊目にあたる『悲衛伝』まで刊行。私は三作目『悲惨伝』まで読みました。500Pを費やして四国内の隣の県に移るだけ。なんて贅沢な原稿の使い方だ。

『悲鳴伝』のあとがきに、「もともと連編のつもりじゃなかった」と書いてあるとおり、一作目の悲鳴伝は、物語もすっきりとしたサイズ感で終わっています。読んでから調べてみると「続きあるのかよ」と驚いたくらい。

『悲鳴伝』すこぶるオススメ。
これは『クビシメロマンチスト』を越えたかもしれない。や、越えたな。

というか──、似てるな。

意欲作なのか? 『少女不十分』

最後にこないだ読んだ『少女不十分』について。2011年刊行。

いい話でしたね。
柄にもなくっていうとちょっと貶してるみたいですが、これは売りに出したり廃品回収に出したくはない。たぶんずっと持ってると思う。家が火事になったりしなければ。

”小説家になって10年目になった「僕」が10年前のトラウマを話す”

──という一聴すると私小説のような形式。文体は十八番の一人称視点。

挑戦的な部分として ある企みが施されている点が本作のキモ。そのための設定が活きてて、縛られすぎによる無理もしてなくていい。そういう意味では『りぽぐら!』の系譜に属するのかもしれない。物語のネタバレにはならないので別に隠す必要もなくはないけど、読んだときのなるほどね的な驚きを味わってほしいので、損なってほしくないので深くは言及しません。『サイコロジカル(上)』冒頭の兎吊木垓輔のすごい版、といっておけばまあある程度の方には伝わるかと。

これも畳み方がいい。先述のキモが気持ちよく昇華されていくカタルシス。

『クビシメロマンチスト』と『少女不十分』のキレの良さ、幕切れの良さって
笑わない数学者』のあのラストの博士の言葉を思い出すんですよね。

多くの作家と作品があって、畳み方で作品の評価が真逆に反転するのはよくあることで、「んだよそれ」と寸前で急に汚物級に変わってしまうものも珍しくはないですが、西尾維新は畳み方がいい。何回言うねん。筆の置き方っていうのかな。言わない。そこも魅力だなと。

見た感じ、伝説シリーズに比べると「本の厚みがちと薄いな」と思いますが、
これが平均なんですよね。頭をチューニングし直さないと。

さくっと読めます、柄にもなくいい話です。おすすめです『少女不十分』

次回作が最高傑作です

(インタビュアーが「あなたはたくさん映画を撮ってきましたが、最高傑作といえるのはどの作品でしょうか」と尋ねると、チャップリンは「次回作が最高傑作です」と応えた、という逸話がある)

なんでチャップリンの言葉を引用したのか自分でも分かりませんが、
まだまだ読めていない作品があるのでちょっとずつ追っかけていきたいです。

「化物語のアニメ版観たくらいしか、西尾維新について知らないなあ」
「なんかガッキーのやってたドラマの原作の人でしょ?」

けしからん。そんなあなたは一度 活字の西尾維新に触れてほしい。楽しいよ。本は読んどけ。

化物語(上/下)からでも問題なし。というか、これがやはりスタンダードな気がする。

私は『少女不十分』を一冊目に推薦する。西尾維新を知っているのなら、って変な条件付きだけど。

そんな感じで〈西尾維新の活字作品群と私のいま〉でした。

おしまい。



西尾維新公式HP
http://ni.siois.in
 
西尾維新大辞展 公式サイト
http://exhibition.ni.siois.in/